妥当な判決だろう。医者は神様ではない。
箸が脳に達するほど深く刺さっていたそうだが、事故現場に一緒に居た親もそれに気づかなかった。この両親は、そばに居た自分達も判らなかったことに医者は気がつくべきだったと主張しているわけだ。無理だろう。
医学も医術も完璧ではなく、また医者も神様ではない。おのずと限界がある。こんな前例の無い、そばで見ていた保護者ですら想像していないような出来事を見抜けなかったとしても「過失」とは言えない。完璧でなければ「過失」が問われるということなら、医者という仕事ができる人間はこの世には居ない。
仮に、診察にあたった医師に過失・責任が有るということなら、同様に、この親にも保護者としての過失・責任が問われるべきだろう。
まず第一に、そもそも問題の転倒事故を防げなかったことについて、第二に、箸が深く突き刺さっていたことを見落とし医師にその事実を伝えられなかったことについて、の過失・責任である。(この事故が保育園の保育中に起きた場合を想定してみて欲しい。この両親なら、医師・病院だけでなく保育士・保育園も訴えたのではないか。)
この両親はその点についてどう考えているのだろうか。
テレビでの両親の発言を見聞きする限りでは、そんなことは全く念頭に無いように思われる。
自分たちが親・保護者として行き届かなかったことは棚に上げ、他人の「過失」だけを追求する。そんなことが認められるはずがない。
両親の無念はわかるが、これは、「運が悪かった」「ついてなかった」と諦めるしかない出来事だ。
以下、平成20年2月12日のiZaより引用。
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「診察に過失ない」 刑事裁判と逆の判断 割りばしで園児死亡事故
16:07更新
東京都杉並区で平成11年、割りばしがのどに刺さった保育園児、杉野隼三(しゅんぞう)ちゃん=当時(4)=が、杏林大付属病院(東京都三鷹市)で受診後に死亡した事故で、園児の両親が、病院を経営する杏林学園と診察した医師(当時)の根本英樹被告(39)=1審無罪、検察側が控訴=に計約9000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が12日、東京地裁であった。加藤謙一裁判長は「診察に過失はなかった」として両親の訴えを退けた。両親は控訴する方針。
事故では、東京地検が根本被告を業務上過失致死罪で起訴。1審東京地裁は18年3月、過失を認める一方、延命可能性を認めず無罪としていたが、民事では医師の過失についても認定しなかった。
訴えていたのは、隼三ちゃんの父、正雄さん(55)と母、文栄さん(50)。訴訟では、(1)割りばしが脳内に刺さっていることを予見できたか(2)適切な治療として延命可能性があったか-の2点が主に争われた。
加藤裁判長は、これまでに報告のない症例▽神経障害などの症状が見られなかった▽折れた割りばし片が口の中で確認困難だった-などの理由から、「当時の医療水準や受傷状況から、割りばしが脳を損傷させた可能性は診断できなかった」と指摘し、根本医師の過失を否定した。
その上で、隼三ちゃんの死因について「割りばしが刺さったことが原因だが、具体的な仕組みは不明」と判断。「適切な診察や治療を行ったとしても、延命の可能性は認められない」と結論付けた。
判決によると、隼三ちゃんは11年7月、杉並区で開かれた盆踊り大会で転び、綿菓子の割りばしがのどに刺さったため、杏林大に救急搬送されたが、根本被告は塗り薬を付けただけで帰宅させた。隼三ちゃんは翌朝、容体が急変し死亡した。

